ある時、教祖が、
「明朝、染物をせよ。」
と、仰せになって、こかんが、早速、その用意に取りかかっていた。すると、ちょうど同じ夜、大豆越でも、山中忠七が、扇の伺によってこのことを知ったので、早速、妻女のそのがその用意をして、翌朝未明に起き、泥や布地を背負うてお屋敷へ帰って来た。そして、その趣きを申し上げると、教祖は、
「ああそうか。不思議な事やな。ゆうべ、こかんと話をしていたところやった。」
と、言って、お喜び下された。こういう事が度々あった。
染物は、後にかんろだいのぢばと定められた場所の艮(註、東北)にあった井戸の水で、お染めになった。教祖が、
「井戸水を汲み置け。」
と、仰せになると、井戸水を汲んで置く。そして、布に泥土を塗って、その水に浸し、浸しては乾かし、乾かしては浸す。二、三回そうしているうちに、綺麗なビンロージ色に染まった。この井戸の水は、金気水であった。
【現代の言葉にしてみた】
ある夜、教祖が「明日の朝、染物をしなさい」とおっしゃったので、こかん(教祖のお孫さんであり、身近に仕えていた女性)がすぐにその準備を始めました。
ちょうど同じ夜、離れた場所に住む山中忠七という信者が、扇(信仰による霊的な感応やお告げ)でそのことを感じ取りました。そこで、妻の“その”が泥や布を背負って、翌朝早くお屋敷に戻ってきたのです。
“その”が事情を話すと、教祖は「ああ、そうか。不思議なことやな。ちょうど昨夜、こかんとその話をしていたところだった」と喜ばれました。こうした出来事は何度もありました。
染物は、後に“かんろだいのぢば(天理教の最も神聖な場所)”と定められた場所の北東(艮=うしとら)にある井戸の水で行われました。
教祖が「井戸水を汲んでおきなさい」と言われると、その水を用意します。布に泥を塗り、その水に何度も浸したり乾かしたりするうちに、美しいビンロージ色(赤褐色)に染まったのです。この井戸水は「金気水(かなけみず)」、つまり金属の性質を含む霊妙な水でした。
【言葉の意味とやさしい説明】
教祖
天理教の創始者・中山みき様
天理教の神様のお話を人に伝える方
こかん
教祖の孫娘。教祖に付き添っていた女性
教祖のお手伝いをしていた身近な人
扇の伺(おうぎのうかがい)
神意を感じ取る霊的な感応
心をすまして神様の思いを感じる方法
ぢば
神様が人間を創造した中心の場所
天理教で最も大切にしている場所
艮(うしとら)
方角でいうと北東
神様の働きが強いとされる方向
金気水(かなけみず)
金属の霊力を含む神聖な水
特別な力がある神様の水
ビンロージ色
赤みがかった茶色
染物でできる美しい色
【ひとつずつ説明】
① 教祖の言葉と信者の感応
教祖が「明日、染物を」と言われた同じ夜、遠くに住む信者も同じことを感じて行動した。
→これは、神様の思いが通じ合っている証拠とされ、信仰の中での“心のつながり”を表しています。
② こかんと“その”の準備
教祖の近くにいたこかんはすぐに準備。一方、忠七の妻“その”も神意を感じて準備。
→信仰のある人は、言われる前に心で感じて動く。それが神様の喜びとなることを教えています。
③ 染物に使われた井戸水
染物に使った水は、「かんろだいのぢば」のそばの井戸の水。
→これは、神様の力が宿る場所と水であり、ただの作業ではなく“神様の働きの現れ”だと受け止められます。
④ 染物の方法と結果
布に泥を塗り、水に浸し、乾かし、また浸す。すると美しい色に染まる。
→人の心も、苦しみ(泥)を通して、信仰という水に何度も浸すことで、美しく変わっていくことを象徴していると受け取られます。
⑤ 金気水の意味
その井戸水は「金気水」と呼ばれ、特別な霊力を持つとされた。
→神様の恵みの表れであり、そこから生まれるものには特別な意味と働きがあると信じられています。
【まとめ】
このお話は、教祖の言葉と信者の心が通い合った「不思議な一致」のエピソードです。遠くにいても神様の思いに応えることができるという、信仰のつながりの強さが表れています。
染物は、ただの作業ではなく、神様の聖地で、神様の力の宿る水を使って行われたもので、そこには「人間の心を美しく染め上げる」神の働きが象徴されているのです。
【大切な教え】
神様と心を合わせることの大切さ →教祖の言葉を感じ取ったように、神様とつながるためには「素直な心」や「感じ取る心」が必要です。 行動に表れる信仰の力 →“その”のように、自ら進んで神意に応える姿勢が、信仰における「陽気ぐらし」への一歩です。 人の心も“染まる”もの →何度も泥と水を通して染まる布のように、人間の心も神様の教えを通してだんだんと美しく変化していきます。